日本国を愛する日記

日本国を愛し、正しい歴史感を発信してゆきます。

日韓併合 韓国の近代化

 

「不動産投資と旅」現役大家さん、現役投資家の生の声を聞かせます。-南大門 併合前

「不動産投資と旅」現役大家さん、現役投資家の生の声を聞かせます。-ソウル 併合前
(写真の左上に南大門が見えます)

「不動産投資と旅」現役大家さん、現役投資家の生の声を聞かせます。-髪を切る 併合前




日韓併合以後
「不動産投資と旅」現役大家さん、現役投資家の生の声を聞かせます。-南大門 併合後

「不動産投資と旅」現役大家さん、現役投資家の生の声を聞かせます。-ソウル 併合後

「不動産投資と旅」現役大家さん、現役投資家の生の声を聞かせます。-発電所

「不動産投資と旅」現役大家さん、現役投資家の生の声を聞かせます。-韓国工場

日韓併合 韓国の近代化

朝鮮半島は1392年より、約500年、支那の属国だった。
当時の李氏朝鮮は、文明は遅れ、人口のほんの一握りの貴族(両班)が庶民(白丁)から搾取していた国だった。

産業も育たず、国は貧しく、人々に教育もなく、山々は剥げ山、民家や街中にはトイレさえなく、首都ソウルでさえ耐え難い臭気が町をおおい、李氏王宮の正面入り口の南大門前でさえ、浮浪者がたむろしていた極貧国だった。

あまりの極貧国であるがゆえ、欧米列強による植民地としての対象にすらならなかった。

当時日本は、明治の開国後、日清、日露の戦争に勝利。
明治35(1902)年には、世界最強の海軍国である大英帝国と地等な同盟締結。
有色人種は、欧米列強の前に、植民地支配されるという世界常識の中で、唯一日本は、世界の一等国の仲間入りを果たしていた。

そして韓国は、明治42(1909)年10月には、日韓併合『反対』する元総理 伊藤博文を暗殺した。(実行犯は安重根

伊藤博文暗殺の一ヵ月後、韓国国内に当時あった最大与党が、「韓日合邦を要求する声明書」 を提出。
この声明書は、「日本と韓国が対等な立場で合併することで、ひとつの大帝国を作るべきである」 という内容であった。

日本と韓国は、国力に雲泥の差があり、日本と対等に合邦するということは、日本と同盟関係にある英国とも『対等な関係』となることであり、文化もない、教育もない、産業もない極貧の有色人種国が、いきなり欧米諸国と『対等』な合邦を申し出るというこの声明は世界の嘲笑をかうところとなった。

しかしこれがきっかけとなり、西欧諸国から、「日本に韓国の面倒をにさせるべし」 という声が出はじめ、米英露伊仏独は、日本に韓国支配を迫った。

本来なら、植民地か、保護国保護領、従属国にするだけでも足りたのであるが、日本が『人種差別撤廃』を主張するアジア唯一の独立国家であったため、これを対等に遇したのである。

明治43(1910)年8月29日、日本は『韓国併合に関する条約』に基づいて大韓帝国を併合した。
併合直後の明治44(1911)年の韓国の年間総予算は3,565万円。…韓国内からの税収は1330万円…足りない分は全額日本が補充した。

韓国を併合した日本は、韓国内に古くからある不条理な刑罰や牢獄制度を廃止させ、韓国内に八つあった言語を統一し、半島内に5200校に及ぶ小学校を作り、239万人を就学させ、道路をつくり、鉄道を敷設し、上下水道を整備し、路上での大便を禁止し、病院をつくり、電気を引き、ビルを建て、道路を拡張整備して、韓国の近代化を一気に押し進めた。

そして36年間の日本の統治によって、朝鮮半島は人口が2倍となり、24歳だった平均寿命は、60歳まで伸び、家畜として国母(皇太子の生母)ですら名乗る事が許されなかった女性にも全員名前が付けられて人間としての扱いを受ける事が出来るようになり、近代国家としての体裁を一つ一つ整えていったのである。


志願兵
朝鮮半島で『志願兵制度』が導入されたのは、1938年のことであり、更に『徴兵制』が実施されたのは1944年からである。

1938年、志願者2946名 合格者406名
1939年、志願者1万2348名 合格者613名
1940年、志願者8万4443名 合格者3060名
1941年、志願者14万4743名 合格者3208名
1942年、志願者25万4273名 合格者4077名
1943年、志願者30万3394名 合格者6300名


創氏改名
1940年3月6日付け『大阪朝日・中鮮版』では、「氏の創設は自由 強制と誤解するな 総督から注意促す」 という見出しで記事が書かれている。

ところが、2007年5月1日付け朝日新聞(新聞と戦争 植民地朝鮮で)と題された記事で、…

「植民地時代、日本は『創氏改名』として、日本風に名前を付けるように朝鮮人に強いた」 …としている。

この朝日新聞の報道により、『創氏改名』の誤解が韓国に広まり、現在にいたっては韓国人による反日運動の大きな材料、要因にもなっている。


韓国の歴史教科書の記述
(高等学校国史教科書)
「日本は世界史において比類ないほど徹底的で悪辣な方法で我が民族を抑圧し、収奪した」

総督府は生産された米の半分を奪い、日本へ積み出した。農作物をすべて終えると、警察と憲兵は銃剣を突き付けて収穫の半分を奪っていった」

「日本は労働を収奪した。1940年戦期に約650万名の朝鮮人を、戦線へ。工場へ、炭鉱へ強制連行し、賃金も与えず奴隷のように酷使した」

「その中には、朝鮮の乙女たちがいた。挺身隊という名目で朝鮮の娘たちを動員し、日本軍の慰安婦としたが、その数は数十万人に達した」


学校長の言葉『戦わざる者は自ら滅ぶ』
私は平素学生に対して、
韓国人としての自覚を促している。

日本の韓国併合に抗議する前に
韓国人自身が考えなければならないことがある。

日本の韓国併合に対して
アメリカもイギリスも誰一人として反対しなかった。
世界は当然のような顔で受け止めていた。
それは何故か。

清国軍がソウルを占領しても
韓国人は戦わなかった。
だから日本軍が戦って
清国を追い払った。

ロシア人が入って来た時も
我々は戦わなかった。
日本軍が血を流して戦い、
朝鮮からロシアを追い出した。

だから日本はこれ以上トラブルはいやだと、
朝鮮を併合してしまった。

これに対して世界の列強は、
日本がそうするのも無理はないとして、
ひと言も文句を言わなかった。
このことを忘れてはならない。

韓国は自ら滅んだのだ。
責任を日本に押し付ける前に、
我々は戦わなかったから
滅びた事を知らねばならない。


朴正煕 韓国元大統領の言葉(現 朴槿惠大統領の父親)
我が五千年の歴史は、ひと言でいって退嬰と粗雑と沈滞の連鎖史であった。
特有の産業と文化で独自の自主性を発揮した事があっただろうか。

いつも強大国に押され、盲目的に外来文化に同化したり、原始的な産業のわくから、ただの一寸も出られなかった。

「われわれのもの」 はハングルの他にはっきりとしたものは何があるか。
我々はただ座してわらを編んでいただけではなかったか。

自らを弱者とみなし、他を強大国視する卑怯で事大的な思想(その時々の強者に追随、従い、一貫性がない)、この悪い遺産を拒否し抜本せずには、自主的な発展は期待することは出来ないであろう。

以上のように我々が民族史を考察してみると情けないというほかない。
全体的に顧みるとただ唖然とするだけで、真っ暗になるばかりである。

 

 

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